文化住宅の街から 地方は 第2部

企業回復 老いる住民

   2006年7月8日付「朝日新聞」より

 営業利益が4142億円。松下電器産業は今年3月連結決算で4期連続の増収増益を記録した。プラズマテレビなどAV(音響・映像)部門が好調で、業界内でも先頭グループを走る。しかし「勝ち組」企業の足元では国民健康保険料の支払いもできない人たちが増えていた。

  大阪府門真市門真1006番地。松下電器が本社を置く市北部は、文化住宅の集積地として知られる。


  約1万戸が密集する一角で34年間、薬局を営む豊富末男さん(60)は年に2、3人、国民健康保険の「保険証が切れている」 という住民に出会う。
 客には誰にでも、「薬を飲んでも快復しなかったら、病院に行って下さ
い」と声をかける。すると、滞納している人はぽつりと、保険が使えない
ことを明かす。ほとんどが高齢の男性だ。

  「薬で済めばいいが・…」。後ろ姿を見送るたび、そう思う。


 全国の市町村で国民健康保険料の収納率が最も低い門真市。04年度の全市平均は75%。市内77地区のうち、それより10ポイント
低い65%を下回る地区は16。その半数余りが、文化住宅の密集地と重な
る。

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 故松下幸之助氏が1918(大正7)年に大阪市で創業した松下電器
は、社業の拡大に伴い、1933(昭和8)年に門真市に新しい本社と工場群を建設した。
 大阪市の北東、「鬼門」にあたるため、当時、この地域に進出する企業はなかった。松下氏は「東北方向が鬼門な
ら、日本の地形はどこも
鬼門ばかり」と、「迷信打破」を訴えて、進出を決めた。


 敗戦を乗り越え、高度成長期に、門真の人口は爆発的に増加した。60年の約3万2千人が、10年間で13万7千人に。65年
の国勢調査では人口増加率が全国トップだった。
 九州や中四国などから、松下関連の従業員だけでなく、建設業などの労働着が移り住み、次々と建設された文化住宅に住んだ。


 松下電器に掃除機の部
品を納入するフロンティア産業(門真市)の小田島貞雄会長(70)は68年に、名古屋市から移って来た。
 「松下に納める部品を積む『通い箱』を満載したトラックが、市内の下
請けから続々と工場に向
かっていた」


 だが、70年代に入ると松下は門真を生産から研究開発の拠点へと切り替えていく。バブル期以降は工場の海外移転が本格的に進み、下請け工場は激減した。


 昨年7月まで20年間市
長を務めた東瀾さん(73)は言う。「松下は門真で以前ほどの存在感はない。社員も定住しなかった。企業城下町という意識は薄れている」


 かつて20〜30代の世帯で埋まった文化住宅も築後30〜50年。高齢

者が目立つようになった。


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 国保の変質を示す全国データがある。02年の加入者1世帯当たりの平均所得は140万円。211万円だった92年の3分の2だ。加入者のうち1
割に蒲たなかった無職者の割合は半数を超えた。


 背景にあるのは、急速な高齢化だ。70歳以上の高齢者の割合は、国民皆保険が始まった61年度は5%だったが、02年度は27
に増えた。


 都市と農村で高齢者の実態調査を続ける唐鎌直義・専修大教授(54)=社
会保障論=は指摘する。

 「持ち家があり、地域のつながりがある地方と違い、借家住まいの都市部の高齢者の生活は厳しい。そういう人に国保料の負担は重すぎる」


 門真市には国保料の収納推進員が15人いる。文化住宅が立て込む地域を受け持つ主婦(42)は月に延べ800の滞納世帯を訪ねる。大半は高齢者だ。01年度の連結最終赤字から「V字回復」を果たした松下電器が、過去最高の8兆8千億円の連結売上高を株主総会で報合した6月28日も、収納に街を歩いた。


 つましい生活の中から保険料を支払った人に、聞かれることがある。
「あんたに言うても仕方ないけど、国保料、何でこんなに高いねん」
 胸 を突かれる思いがする。「国保は助け合いの仕組みですから」。いつも、そう答えている。

 
  

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国民健康保険料

 02年 度の1世帯当た りの年間保険料 は、全国平均で15万5千 円。所得など負担能力で 決まる分と、世帯とその 人数によって一律にかかる分が、おおむね半分ずつとなっている。

 所得が 低い場合、保険料は段階的に軽減される。課税所得がゼロの場合、市町対 によってばらつきはある が、月計千数百円程度。

  災害や失業などの事情も 減免の対象になる。。